ぶりっこおばさん・・その4
ぶりっこおばさん・・その4
ヨウコさんとのバトル・・続
ヨウコは子どものことに話題を変
えた。
「直人くんはどう?成績いいんで
しょう。どこねらっているの」
直人は、純子の長男である。高校三年で受験生だ。
ヨウコの子は来年、受験である。お互いに子供たち
の出来がとても気になっていた。
「直人は学校から帰ると着替えもしないで机に向かって
勉強しているのよ。きっとすごい所にいけると思うわ」
純子はいつも子供たちのことをほめる。今日もまたほ
めているとヨウコは苦々しく聞いていた。たまりかねて
ヨウコは言った。
「子供をほめる母親なんて子供のこと何もわかってない
んじゃあないの」
「そんなことないわよ。ほんとにいい子なのよ」
「あなたって相変わらず頑固で了見が狭いわね。人の意
見に耳傾けないし、先生やっているとホントに世間が狭
くなるのね」
先生という職業は、子供を相手に何かとごまかすこと
が多いのだろう。純子はそういう言動を大人相手にもし
てくる。都合の悪いことは聞こえないふりをする。とぼ
ける。それで通じると思っている。頭にきてヨウコはず
けずけと辛らつなことを言う。だが純子はニタニタと笑
うばかりだった。
デザートが運ばれてきた時、純子が急に声をひそめて
言った。
「時々、ワンベルできれる電話があるの。朝まだ寝てい
る時や、夜、寝ようかなっていう時に遠慮がちになるの
よね。なんなのかしら」
浮気相手じゃないの、こんな女が奥さんで我慢できる
はずないわよ、とヨウコは内心うれしくなった。お互い
夫とうまくいっているのかどうかはとても気になること
であった。純子は、口では何の問題も抱えていないよう
なことを言うが、ヨウコはそんなはずはないと思ってい
た。
「だんなが浮気してるのよ。相手がいやがらせをしてい
るんでしょう」
「いやね。そんなはずないわよ」
純子はヨウコの前では、とんでもない検討違いという
ふうにケラケラと笑った。
「じゃあ、なんだと思うの」
「わからないから聞いているのよ」
ヨウコにしてみれば純子が夫の浮気を疑わないという
ことが不可思議でならなかった。
「あなたの旦那って浮気しそうにないまじめで堅物の男
に見えるけどわからないわよ。学校の先生って不倫して
いる人たち、多いらしいわよ。それに私たち中年の家庭
って円満ではないでしょう。隙間にはいりこむなんて簡
単よ」
「あら、うちは大丈夫よ」
「あら」
ヨウコはわざとおおげさに目をみひらいて言った。
「バカね、大丈夫なんて言い切って、そこがあなたの現
実がわかっていないところよ。そういうピントがずれて
いるところに旦那さんはいらいらしていると思うわよ。
自分の家庭はうまくいっているなんて思っている人は鈍
感なだけよ」
純子は、夫が浮気しているかもしれないと少しは疑っ
ていたがヨウコのように一言で決めつけられるとやっぱ
り違う、そんなことはありえないと思うのだった。
(ヨウコさんの夫はよく浮気をするらしいから男は皆そ
うだと決めつけてくる。かわいそうな人、それに比べて
私は幸せだわ、夫は、浮気は絶対しない人だもの。ちょ
っと聞いてみただけなのにムキになってバカみたい。聞
いた相手がわるかったわ。夫の誠実さは私が一番わかっ
ている)
純子はそう思うと余裕の笑みがこぼれてきた。
「だって、いつも帰る時間同じだし、家のこともよくや
ってくれるし。今でもお洗濯とお掃除はちゃんとやって
くれるのよ」
「そういうことじゃあなくて、心が通い合ってるとか、
自分の悩みとか受け止めてくれるとか、ちゃんと話しを
聞いてくれるとか」
「それがね・・・私、今、仕事が大変なの。いろいろ悩
みはあるんだけど話はきいてくれないわね。私がちょっ
と話そうとするとうるさいっていう顔をして、ご飯を食
べるとすぐ自分の部屋に行ってパソコンしてるのよ。ま
あ、誰だって人のグチは聞きたくないでしょう?しょう
がないわ。そのぐらい」
「じゃあ、あまり仲よくないんじゃあないの。あぶない
わよ」
「そんなことないわよ。ヨウコさんちほどじゃあないけ
どこのぐらいが普通よ」
「うちは喧嘩をよくするけどいろいろ話はよくするわよ」
「そう。仲いいのね。よかったわね」
いつもの純子のフレーズだ。これを聞くとヨウコ子は
いつも純子に見下されているような気になるのだった。
思ってもいないくせにしらじらしく聞こえた。話しをう
わべだけ聞いて、なんでもよかったわねという言葉を付
け加えておく習性は昔からだ。きっと自分の狭い世界し
かみえていないのだろう。大人どうし、まともな会話が
できないように思えた.。
.「美子さんにも今度会いたいわね」
「そうね。私が連絡するわね。ちゃんと年賀状出してい
るから大丈夫よ」
美子さんは大学時代の友人で、よく三人でつるんでい
た。ヨウコは大丈夫って何が大丈夫なのだろうと考えて
いた。ヨウコが連絡するより人あたりがいいと思ってい
る自分のほうがスムーズにいくという意味合いがふくま
れているのだろうか。
純子は誰からも好かれていると勘違いをしている。も
やもやとした苛立ちがヨウコの心の中におこりはじめて
いた。
純子は ニタニタと笑っているがそうとう負けず嫌い
で自慢したがりだ。一番幸せなのは私なの、という訳の
わからない自信にもとづいた勘違いの言動をする。
「美子さんはああいう人だから友達いないみたい。だか
らわたしが友達になってあげているの」
ヨウコからみれば美子のほうがよほどまともだ。美子
は男に負けとバリバリ働いていて頭もきれる。理屈っ
ぽくて、とっつきにくいところがヨウコはちょっと苦
手だったが、純子はそんな変わり者の美子には友達が
いないだろうから、まともで周りとうまくやっている
と思いこんでいる自分が友達になってあげているとい
う意識になる。思いあがった考え方だ。
「ヨウコさんは仕事もしてないし友達いないからかわい
そう。だから私いつでもつきあってあげるから」
ヨウコは純子に以前に言われたこの言葉がいつもくす
ぶっていた。見下されている感じがしてムッとした。本
気でそう思っているのだろうか。つきあってあげている
のは私のほうなのにとヨウコは思った。呆れて返す言葉
もなかった。
そのくせ、純子は人の喜びそうなことを抜け目なくつ
いてくる。
「肌が相変わらず、きれいね。いいわね」
純子は小首をかしげてにっこりとして、言った。ヨウ
コはそんなこと思ってもいないくせにと思いながら、純
子のしわだらけの顔を眺める。目のまわりは小皺ではな
くくっきりとした皺になって笑うと目もあてられない。
鼻のまわりはみにくくファンデーションがくずれている
「年に無理に逆らおうと思っていないけど諦めたくない
わ。汚いより、きれいでいたいもの。そう思わないの?
あなたももう少し気をつけたほうがいいわよ」
「あら、ふふふふふ」
純子は高笑いをした。またかとヨウコは思った。もう
少しどうにかしたらという意味を込めたのに自分のこと
には考えが思い浮かばないらしい。
更年期の話をしても純子はニタニタと自分は関係ない
というように装う。ヨウコが言った。
「のぼせっていうのかしら。汗をすごくかくときがある
のよね。そんなことない?」
純子はゆっくりと不思議そうに頭を振りながら答えた
「ううん、私はないわよ」
「更年期って人によっていろいろ症状が違うらしいけど
ひどい人はそうとうひどいらしいわ」
「私はだいじょうぶよ。大変ね」
「あなた、この前肩が回らないと言っていたでしょう。
それも更年期の症状よ」
「あら、違うわよ。私、更年期じゃあないわ」
まだまだ自分はかわいい女の子だから更年期なんて関
係ないのよというつもりなのだろう。年を自覚しない言
動にヨウコは呆れた。
「あのね、私も人に話してすぐ何もかも更年期よって言
われるのはいやだけど、まるっきり疑わないのも変よ」
純子はとぼけたふうに、あらっと言って、また、笑っ
た。ヨウコは話しているのが虚しくなって黙った。おい
しいはずのお料理が味が何も感じられなくなっていた。
しばらくして、純子が何か思い出したように首を少しか
しげてにこっとして、あのねと目を輝かして言った。
「妹がね、癌になったの。胃癌なの。あら、いやね。癌
ですって」
それから、うふふふふといつものようにけたたましく
笑った。さらにヨウコをのぞきこんで言った。
「家にいるとストレスがたまるんですって。だから妹は
癌になっちゃったのよ」
うふふと笑いながら言う目は、あなたもそのうち、な
るわよと言われているようだった。
中年特有の少しくぼんでしょぼついた目がおもしろそ
うに鈍く輝いていた。ヨウコはおもわず聞いた。
「妹さんが癌になったのがうれしいの」
「まさか、そんな訳ないじゃあない」
そして笑った。ヨウコは、純子がなぜこんなふうに笑
っているのか理解できなかった。もしかしたら癌になっ
た妹をもつかわいそうな姉というイメージを描いている
のだろうか。皆が驚いて、大変ね、がんばってねとやさ
しく言葉をかける。注目されるのが、うれしいのだろう
か。妹にたいして病気になったいたわりや苦しみを推し
量れる裁量がないのだろうか。
「その言い方って私も仕事もしないで家にいるから癌に
なるわよっていう事なの」
ヨウコが少し怒ったように言った。
「え、違うわよ。ヨウコさんは大丈夫よ。うふふふふ」
また笑った。なんの意味があって笑うのか。意味のな
い笑いをするやつは要注意だ。愛想のいいやつも要注意
だ。ヨウコは純子の顔をおもいっきり平手打ちをくわせ
たくなった。
「私が癌になっても純子さんにだけは絶対に知らせない
わよ。病院で、ほらやっぱり家にいると癌になるのよと
大声で笑われそうだものね」
ヨウコがいやみをこめて言っても純子はまだ笑ってい
た。
ヨウコは純子に対してのくすぶっていた苛立ちと嫌悪
感が次第に勢いを増していくのを抑えることができなか
った。
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